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幸せを呼ぶ香りのセラピー「あなたが創る、あなたの香水」

香楽(こうがく)という自由な香水を創れるセラピーです。「香の具」という香りを用いて、絵を描くようにイメージで香りを作ります。

最新情報 香りのデッサン 香水制作ノート

ラファエロ「大公の聖母」をイメージした香水

更新日:

 

raffaello01

・ラファエロ・サンティ「大公の聖母」 (1505年)

 

ラファエロ作「大公の聖母」

・2013年6月20日、香りの制作開始

2013年6月1日にラファエロ展に行き、「大公の聖母」を見ることができました。
この絵は本当に神々しさを感じる絵画でした。

そして、この絵をイメージした香りを作りたいと思いましたが、聖人の絵画の香りってどう作ったらいいんだろうと悩みまして、そのとき読んでいた本を参考にしたり、音楽の力を借りたりと、色々工夫をしてみました。

 

それでは、香りづくりのはじまりです。

 

No.841

フルーティで良い香り。好きなタイプの香りで癒される。

この絵の香りを作るのはちょっと恐れ多いかと思った。そして時間もなかったので諦めよう、また機会があったら作ろうと思っていたら風邪を引き、レッスン日が伸びたので、機会はすぐにやってきた。

日々、ネガティブな考えにのまれそうになっても、「自分」と「考え」を同一視しない、ということを意識しながら、なるべく頭の中の雑音を静かにするように努めていたら、少しずつだけど、明るく前向きな気分でいる時間が増えてきたような気がする。

新しいステージへ前向きに進んでいく機会は、本当はいつでも与えられていて、自我にのまれず意識がクリアであれば、いつでもそのチャンスをつかむことができるのではないか、と思えた。

そう思わせてくれるような、良い意味で楽観的で幸せな香り。

 

(新しい香の具ナンバー)

No.102B

聖母マリアの香り、ということで、中途半端には作れない。

ラファエロが描き出した聖母子の神秘的な美、優しさ、温かさや、絵を見たときに感じる感動と、心が静かになり、清らかになる感じなど、そういうエッセンスが香りから伝わるような作品になってほしいと思う。

人が何か感じたものを、現実の知覚できる(絵、音楽など)ものに、ありのまま、映し出せるかが芸術、アートなのかもしれないと思った。

自然の美を映し出すきれいな鏡のようでありたい。

この絵を見たときのように心が洗われるような香りができるといいなと思う。

 

(ホワイトローズ)

 

No.102A

あまりキリスト教に詳しくないので、絵を見た感想だけでは浅い香りになってしまいそうなので、音楽の力を借りることに。

「聖母マリア賛歌」というアルバムがあったので聞いてみたら美しいコーラスが光のようでイメージにぴったりだった。


けがれなき薔薇~アヴェ・マリア~聖母マリアの祈り
讃美歌の、光に溶けるようなコーラスを聞きながらこの絵を見ると、天国が見えそうな感じがする。

 

(ローズアブソリュート)

 

No.102

聖母マリアに関する歌はたくさんあるけど、そのタイトルに「バラ」がつくものが多くて、やっぱりバラはすごい花なのだと思った。

 

「汚れなきバラ」「これほど徳のあるバラはない」など。

聖母マリアは純潔で、純潔のシンボルは百合だと思っていたので驚いた。

 

・補足

聖母マリアと薔薇のシンボリズム

http://antiquesanastasia.com/religion/references/virgin_mary/the_blessed_virgin_and_the_rose/general_info.html

より引用

天使祝詞(アヴェ・マリア)の祈りに使う「ロザリオ」(英 rosary 仏 rosaire 伊西葡 rosario) の語源であるラテン語「ロサーリウム」(ROSARIUM) は、もともと「薔薇の園」「薔薇の花輪」という意味です。このことが端的に表すように、ラテン典礼のキリスト教において、薔薇は聖母マリアを象徴する花と考えられています。

 

 

数ある花の中でも、バラは特別。精油としての効果も並はずれていて(高価さも)、確かに、聖母のイメージにぴったりであると思った。花の中の花、高貴なイメージがある。

 

 (ローズ)

No.109

 

「大公の聖母」の聖母マリアの表情は、とても穏やかで、静かであるけど、深いところに潜む情熱を感じる気がする。しなやかで強い、聖なる情熱という感じ。

 

カーネーションの香りから、ふと前に香楽で香りを作ったときのイメージを思い出した。

確認してみたら、「カーネーション」は輪廻転生を意味する、とあった。十字架にかけられたキリストを見送ったマリアが流した涙から赤いカーネーションが咲いた。それは散ったキリストと、復活したキリストを意味する。そのことから輪廻と繋がるらしい。

Carnation=カーネーション(ラテン語でcarnは「肉」を意味する)肉の色の花
Reincarnation=輪廻転生(再び肉体化させること)

無意識にカーネーションを選んでいたけど、ぴったり合っていて良かった。

 

「何が起ころうと決して消えることのない情熱」というと、「真我(=ほんとうの自分)」のことだろうか。

キリストも、ブッダも、インドの聖者も、究極的には同じことを言っていると感じる。2000年以上前から真理は明らかになっているはずなのに、現代になっても大部分が自我に支配されたままという現実がちょっとさみしい。

 

(カーネーション)

 

No.501

自我、エゴの声は私たちを苦しませ、悩ませ、頭の中であることないこと言い続けて、何が真実なのか分からなくしてしまう。

自分に対してネガティブなことを言い、罪の意識をかんじさせるものはエゴの特徴だとされている。

なぜ、そういうふうにできているのかが不思議。人々はこんなに苦しむ必要はあるんだろうか?

この絵を見ていて思った。真我(キリスト)を抱く自我があるのなら、この聖母マリアのように、優しくあたたかく包むものであったらいいのに。

 

(サンダルウッド)

No.511

そんなことを思っていたら、たまたま開いた本に「師は、キリスト教の信仰に、真の意義を与えた」とあった。


ラマナ・マハルシとの対話 第1巻より引用

キリストは自我。十字架は身体。十字架にかけられた自我が消滅したときに生き残るもの、それが絶対なる存在(神)です。そしてこの栄光ある存続が復活と呼ばれるものです。

 

キリストが自我と書いてあって驚いた。

 

他のページには、自分と身体を同一視しないこと、と何度も何度も書いてある。

深い眠りにある時も意識はある。目が覚めると身体と自分の同一視が始まる。そうすると、自我にのまれてしまい、苦しみが始まる。

 

・・・とある。難しい。

 

 (伽羅)

No.007

悟りを得ている人が言う「身体と自分の同一視」はすごく不思議。

「身体と私は一緒ではない」なんて、すぐに納得できるものではないと思う。

 

アップル社のスティーブジョブズも愛読書として熟読していたという、インドのヨギ(ヨガをする人)パラマハンサ・ヨガナンダの本「あるヨギの自叙伝」がある。

この本は本当に不思議で、常識がどんどん覆される感じがする。本の中でインドに住む色々な聖者を訪ねていく。その中に、ベンガルに住む至福に浸る聖女アマンダモイ・マーに会った時の話があって、それを読むと「身体と自分を同一視していない」人の感覚が書いてあった。

 

引用

「私は、このかりそめの肉体を自分として意識したことは一度もございません。この地上に生まれる前も、同じでした。子どもの頃も、私は同じでした。成長して女になっても同じでした。このからだを生んでくれた両親がこのからだの結婚の支度をしてくれた時も、同じでした。

そして、今こうしてあなたの前にいる時も、私は同じでございます。今後、神様のおつくりになったいろいろなものが、永遠の舞台の上でダンスをしながらどんなに移り変わっていっても、私はやはり同じでございましょう。

※・・・アマンダモイ・マーは自分のことを「私」という言い方でなく、つつましそうに「このからだ」とか「この少女」とか「あなたの娘」などと間接的な言い方をした。

彼女はまた、誰のことも自分の「弟子」とは言わなかった。

個人的な意識を完全に離れて英知に浸っていた彼女は、誰にも等しく天の母の愛をもって接したのである。

 

意識の高い人は自分を小さな身体とはみなさず、その奥にある魂や生命の流れ、宇宙の意識で生きている。それを実感するのは難しいけど、そうあることができたらいいのに、と思う。

 

(ライム)

 

No.847

けがれのない、輝きある香り。「天の母の愛」は聖母マリアにも通じている。

本当に愛に満ちている感じ。清らかな香りが、見る者の心を癒してくれるイメージ。

 

「大公の聖母」の名の由来は、18世紀のトスカーナ大公であったハプスブルク家のフェルナンド3世が、この絵を大切に愛蔵し、決して自分の手元から離さなかったことからつけられた。この絵の聖母マリアも、キリストも、聖人としての輝きに包まれながら、人としてのぬくもりやこういう表情を描き出せるラファエロも、やっぱり意識の高い人だったのだと思う。そして、この絵を大事にしたフェルナンド3世も、純粋で心が清らかな人だったんだろうなと想像してしまう。

 

 (シトラスミックス)

No.115

この絵をX線調査したところ、絵の背景が黒く塗りつぶされていたと判明した。塗りつぶされたのはラファエロの死後、17世紀になってからで、それまでは別の背景が描かれていた。

 

そう説明されていたけど、別の人が塗りつぶしたにしては、聖母マリアの青い衣がきれいに闇に溶け込んでいて、ちょっと信じがたい感じがする。

 

ラファエロはこの絵を完成させることなく37歳の若さで亡くなった。

 

誰かが手を加えたにせよ、その人はきっとこの聖母子像を世に出すために、愛をもって完成させたのだと思う。500年の時を経てもなお、みずみずしく清らかで、神秘的なオーラが伝わるなんてすごいことだと思った。ラファエロが志半ばで亡くなっても、魂や生命の不思議な力が、この作品を世に出す流れを作ったのかもしれない。

 

 (バイオレット)

No.870

聖母マリアとキリストに差している後光、光の輪のイメージ。

聖なる世界意に繋がっている、神秘の光のよう。

 

普通の人が生きているチャンネルとは違う次元のイメージ。より高い周波数で振動していて、何事にもぶれない強さがある。

 

 

フローラルブーケ(アルデハイド)

No.602

そして、その周波数は、限られた聖なる人のための極秘のものではなく、誰にでもアクセスすることができる鍵が公開されていて、永遠に扉が開かれているというイメージ。

 

それに気がつき、手に取り、アクセスするかは本人の自由に委ねられている。愛ある感じ。

 

 

 アンバーグリス

No.113

優しくて、心が広くて、世界に開かれている感じ。精神が静かで動揺が少ない、安定した心のイメージ。悟りを開いている、高いキリスト意識という感じがする。

 

 菩提樹

No.862

500年経った絵画のイメージ。古いけど新しい。

時間が経つにつれ色が少しずつ褪せて、セピアがかってきていく。

でも、絵に込められたスピリットは色あせていなくて、より研ぎ澄まされている。

 

 フローラルブーケ(シプレ)

 

No.124

ラファエロ展では、大公の聖母の絵の前だけものすごく混雑していて、ゆっくり見ることはできなかったけど、色が本当にきれいでびっくりした。

 

赤が特に鮮やかで美しかった。色については、赤は神聖な愛や救済、青は天の真実や純潔を象徴している(諸説ある)。

 

聖母マリアは、赤と青の衣装で描かれるのが決まりごとになっている。

鮮やかな赤から、強さと美しさを感じる。

 

 百合

No.103

そして、青もまた美しかった。赤と青のコントラストがきれい。

青色は聖母マリアを象徴する色で、呼称にはMaris Stella(ラテン語でマリス・ステラ=海の星)というものがあった。

(聖母マリアは青と赤の衣で描かれる)

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correggio_adoration_child_1520 / ErgSap

コレッジョの聖母子像

 

また、聖母マリアは青い色と同時に、処女の象徴である白ユリ、神の慈愛を示す赤色が共に用いられることが多いと書いてあった。

 

ラファエロの使った青色は、見ていると心が落ち着いて静かになる。

清らかで神秘的。質感も豊かで本当にきれい。

 

 

 ミュゲ

No.135

何とも言えない神秘的な香り。不思議な魅力に引き込まれてしまいそう。

優美な雰囲気を持っている。ラファエロ展のパンフレットに「ルネサンスの優美(グラツィア)500年目の初来日」というコピーが書かれている。

 

「優美」という言葉が大公の聖母の絵にぴったり。この香りのイメージにもぴったり。

 

 ふじ

No.008

7月7日

シトラスだけど温かみのある香りで、心が安らぐ。とても癒されるいい匂い。

この絵のように、安心して母に抱かれているようなイメージ。体温と心音が伝わって「絶対的に守られている」という安心感がある。恐れるものは何もないという感じ。

 

実際、色々な悟り系の本を読んでいても「今、あるがままの姿で完璧」というのが覚者たちの常識のようであるし、本当にそうなんだろうな・・・と思う。

 

ただ、まだ知識として理解している感じで、よく言われる「至福の世界」を体験したことはない。けれど、大切なことは、そういう境地を「いつか辿り着きたい」と未来の目標に設定するのではなく、とにかく「今にある」訓練を地道に続けることであるらしい。

「至福の世界」である「大いなる存在=真我」へのアクセスは「今」この瞬間にしかできない、とあった。

 

 シトラスミックス

No.720

最近ブログを始めて記事を書くようになった。ここ何日かは慣れない文章にかかりっきりで、マリア様の香りづくりも中断していた。このノートだとスラスラ書けるけど、ブログという不特定多数の人の目に触れるメディアだと思うと、「きちんと書かなきゃ」と思うあまりかえって何を書いているのか分からなくなってしまうのが辛いところだと思った。今後は見たイメージをいかに「伝える」かにかかってくると思うので、良い文章が書けるように日々練習していきたい。

 

この香りを作り始めてから、「大公の聖母」の絵が印刷されたパンフレットをベッドから見える場所に飾っている。

この香り制作を一週間以上ほったらかしにしていて、若干焦りと、申し訳なさを感じたときがあった。

 

目が覚めて聖母の絵と目が合うと、いつもと変わらず優しく微笑まれていて、じっと見ていると「早く続きをやらなきゃ」という気持ちも消えて、頭の中が静かになった。

それは静寂の愛であり、あたたかく、それでいて甘美な情熱で包み込んでくれる偉大さを感じた。

 

  バニラ

No.101

この絵のキリストは、幼子でありながら知性溢れる瞳をしていて、その瞳にはこちらの心の奥の見えない場所まで見透かされてしまいそうな鋭さがある。

 

けれど、聖母マリアの優しい瞳とあいまって、すべてを溶かしてくれそうな感じもある。

何があっても否定や批判をされない、絶対的な安心感がある。

 

ルカ福音書23章32-49節

イエスの言葉「神よ彼らをお許しください。彼らは自分が何をしているのか知らないのです」

※この言葉の「彼ら」とは、イエスを十字架にはりつけた人々のこと

 

これは、無常な人間に神の許しを与えるという感じではなく、そういうことをしてしまう「彼ら」の心の奥にある「真我」を見ているからこその、愛の言葉なのだと思う。

 

 ジャスミン

 

No.601

そのような広い心。木を見るのではなく森を見ている。地球を見るのではなく宇宙を見るような、とにかく果てしなく広く、温かく愛のある状態でいられたら、この世は本用に楽園として迎え入れてくれるだろうと思った。

 

 ムスク

香りの処方

ふじの香りが幻想的で、この絵とマッチしていたので135を基調として香りを組み立てました。008の「母のぬくもり」も感じられるようにしています。

百合は、個性が強いので少しにしました。

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自評

優しくて神秘的な香り。スッと清らかな世界へ連れていってくれるような、透明な感じと、何とも言えない優美さを持っている香り。

本当に天界の美しさを見ているみたい。

 

この香りを作っている時、心があんまり清らかじゃなくて、悩みが多く自我でいっぱいな感じがしていたので、きれいな香りにならなかったらどうしようと心配だったけど、No.720のイメージにもあったように聖母のまなざしが優しく温かかったので、この絵の清らかさがこの良い香りを引き出してくれたんだなぁとありがたく思えた。

 

やっぱり、生まれながらに100%清らかで人生悩みなしだったら、こんなに考えることもないだろうから、悩み苦しみを受け入れ、その過程を経てから「真我」という生命の源を理解できるようになるのかもしれない。

 

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今回このサイトに載せるために、ノートから出来のいい香りをピックアップしてどんどんデータに起こしてアップしていこうと思って、たまたまチョイスした香りでした。

 

7月当時は無料ブログをはじめた頃だと思うのですが‘(今はこちらに移りました)、データ入力をしていて、ここ最近とまったく同じ悩みと解決を経験していたと気がつき、愕然としました(笑)

 

でもこの当時はノートに書いた字はさほど乱れてなくて、今思えばたいしたことない悩みだったなと思えます。それに引きかえ11月の心の荒れようは相当なものでしたので、レベルの違う学びがありました。

 

人間って、同じところをぐるぐる回りながら、少しずつらせん状に上昇していくものなのかなぁと、ノートを振り返りながら思ったのでした。

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101番で感じたイメージの「何があっても否定や批判をされない、絶対的な安心感」というのは山下先生の香楽の教え方そのものだと思いました。私が7年もの間、安心して香りを作り続けてこられたのは、山下先生の「指導しない指導」のお蔭です。

 

 

制作年月

2013年6~7月

制作No.262

 

 

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